Fragile

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寺ピー 2026.06.11
誰でも

飛行機への搭乗案内が開始される少し前。「まだかな?」と乗客のみなさんがゲートで待っているその間、地上スタッフからいろんな情報がCAとパイロットに共有されています。特に車椅子を使用されている方の情報は大事です。緊急時に自力で素早く動くことが難しい場合は、誰かのサポートが必要なわけです。一人で搭乗するのか、あるいは付き添いの方がいるのかで、まずこちらの心構えも大きく変わってきます。その他にも、VIPがいるとか、病気で酸素ボンベを持ち込む人がいるとか、以前に特別な対応が必要だった人がいるとか、あらゆる情報が事前に知らされるのです。

先週は「遺灰をお持ち込みになるお客様がいらっしゃいます」との報告がありました。隣の席も購入されているとのことでした。実は珍しいケースでもないんです。高い航空券を二人分購入されているのですから、事情は察せます。隣の席が空いていても、心の中では一緒に移動されているのだなと。きっと、亡き人と別れてまだ間もないのでしょう。CAも特別な配慮が必要と感じるわけです。空席があるからと言って、他の方に譲ってもらうことは決してできません。

一人で二席分のチケットを買うというのは、このようなケースに限ったことではありません。命の次に大事なものを持ち込む時です。どんなものか想像できるでしょうか。

それは楽器なんです。プロアマを問わず音楽家にとっては、とても他人に預けることができないほど大事な、体の一部と言ってもいいほど大切なものです。預ける際に、“Fragile”(割れ物)のステッカーを貼れば安心、という類のものではありません。楽器は目が飛び出るほど高価なものです。他の荷物に当たって壊れてしまえば、それで終わりです。代わりのものがすぐ手に入るわけではありません。楽器の形や大きさによっては、そもそも座席上の荷物棚にも入りません。自分の手に届く場所で管理するために、すぐ隣の座席をもう一つ確保するしかないのです。

特にバイオリンやチェロ、ヴィオラなどの木製の楽器。音楽家たちは密閉性の高いケースの中に、シリカゲル(お菓子などに入ってる小さな乾燥剤)を入れて細やかに湿度を調整しながら、楽器を守っているそうです。

旅客機が巡航する高度の空気はとても乾燥していて、湿度がほとんどゼロなんです。その空気をエンジンで吸い込んで圧縮させて機内に入れ込んでいるので、機内はより一層乾燥するというわけです。湿度の差が地上とあまりにも大きいと、木にひびが入ったり、最悪の場合割れたりする可能性もあります。大編成のオーケストラが海外へ向かうとなると、航空会社にとっても一大プロジェクトになることは容易に想像がつくと思います。

以前、アメリカ在住の日本人の寿司職人と話したときのことを思い出します。自分の包丁は命と同じで、絶対に他人に貸さないどころか、触れさせることすらしないと話していました。それほど、商売道具というのは大事なものなのです。自分にそういうものがないと、なかなか想像が及ばないことかもしれません。

果たして自分にはそこまでするものがあるか考えてみました。もちろん失くしたら困るというものはたくさんあります。ですが、座席を購入するほど大きなものはありません。だいたい預けたくないほど大事なものは、機内に持ち込むカバンにすべて収まります。多くの人がそうだと思いますが、世の中には、自分の命の次に大事な道具と毎日向き合って仕事をしている人たちもいます。そのことについて理解できるかどうかは別として、その気持ちを汲み取って接することはとても大事なことではないでしょうか。むしろそれが他人であればあるほど、配慮をもって接さないといけないように思います。

たとえ完璧に意向に沿えなかったとしても、その人の立場に寄り添おうとする過程から生まれる優しさは、美しいはずです。そう接することができるのが、人間なのだと思います。

遺灰が座っている座席のお客様にも、お好みの飲み物を伺って用意するCAもいるそうです。

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