Artemis II ー ④C-A-R-R-O-L-L
Artemis II の打ち上げ前、ミッションに参加する4人の宇宙飛行士たちは、家族と一緒に NASA の Kennedy Space Center の敷地に入っていきました。4人のクルーを率いる Commander(司令官)の Reid Wiseman は、ティーンエイジャーの二人の娘を連れ添って写真撮影などをしていました。奥さんの姿がない理由を知らない人たちは(僕も含め)、どうしたのだろうと思いながらも、打ち上げ前の興奮に酔いしれていました。
彼はこのミッションを率いる前の2014年に、ISS(International Space Station:国際宇宙ステーション)に165日間滞在した3人の宇宙飛行士の一人です。
後で知ったのですが、2020年に彼の奥さんは46歳の若さでこの世を去っていました。彼女は NICU(Neonatal Intensive Care Unit:新生児集中治療室)の看護師だったそうで、人の命を支える仕事に献身したとインタビューで語る Reid の話す姿が、どこか誇らしげだったのが印象に残っています。彼女のガンが発覚した時、彼は娘たちを連れて実家へ戻ることを奥さんに提案したそうです。しかし彼女は、夫の側にいることを望むと同時に、子供が生まれ育った土地を離れることはできないと考え、その場に残ることを選んだのだといいます。
彼らが乗った宇宙船 Orion が、地球から 252,000マイル(40万キロ)離れた月の裏側へ到達した時、地球とのライブ中継でカナダ人の Mission Specialist(ミッションスペシャリスト)である Jeremy Hansen はある提案を読み上げました。
And so we lost a loved one. Her name was Carroll. It’s a bright spot on the moon. And we would like to call it Carroll, and you spell that C-A-R-R-O-L-L.
そして我々は大切な人を失いました。彼女の名前はキャロル。月の上に、ひときわ明るい場所があります。そこを「キャロル」と名づけたいと思います。スペルは C-A-R-R-O-L-L
月の裏側に見える新しいクレーターに、Reid の亡き妻の名前をつけると言うのです。いかに彼が辛い時期を乗り切ってここまで来たかを、ずっと訓練を共にしてきたクルーはよく知っていました。特に最後の、名前のスペルを一文字ずつ読み上げている時の彼の声は震えており、涙をこらえながら話しているのが誰の目にも明らかでした。宇宙で涙を拭って4人で抱き合う瞬間を地球は目撃しました。そして感動を呼ぶ映像として、その後すぐにSNSで拡散されました。
“A bright spot” は太陽が当たり実際に明るい地点なのでしょうが、感情的にも Reid の妻の人生の光という意味を重ねた言葉だと思います。とても美しい言葉選びだと感じました。
ところで、彼が今までで一番辛かったことは、今回のミッションでも宇宙飛行そのものでもなく、家庭と仕事を両立させるシングルファーザーとしての日々だったそうです。妻を亡くして、二人の娘を育てながら仕事を続ける。その大変さは、誰にでも想像がつくはずです。
It keeps me on my toes every single day.
毎日、気が抜けない。
という表現を使って、地球へ帰ってきた後のインタビューで答えていました。
宇宙飛行士がそう言っているのです。世の中のシングルマザーやファーザーの方々。それだけ大変なことをやられているのです。
二人の娘さんたちにも称賛の声があがっています。母親を亡くし、命にかかわる仕事へ向かう父を見送り、もしものことを思いながら地球で帰りを待つ。その強さを、母の Carroll もきっと誇りに思っているでしょう。
つづく
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