Myths
世の中にはいろんな Myth があります。学校では「神話」と習ったでしょうか。日常の会話では「思い込み」という意味で使われることの方が多いと思います。
驚くことに世の中には、英語が「できる」「できない」の二つしかないと思い込んでいる人たちが一定数います。母国語ではない、第二言語としての英語という意味です。実際、英語が「できる」人にもさまざまなレベルがあります。それは挨拶ができる程度から、シェイクスピアの引用ができるようなレベルまで、かなり広範囲に及びます。
もう一つのMyth(思い込み)としては、英語が「できる」人は、アクセントもネイティブ並みに「良い」はずだというものです。正直言って、アクセントなんてそこまで気にするものではないと思っています。多少その国特有の発音の癖があっても、話すリズムが良ければ難なく通じますし、逆に発音が「良い」からといっても、言い回しが不自然だったり、抑揚がおかしければ、思うように伝わらないこともあります。日本語の標準語と方言を比べてみると想像しやすいのではないでしょうか。
パイロットやCAの仕事の一つとして、Dead Headというものがあります。Crew Transferとも呼ばれるものですが、別の空港から飛行機を飛ばすため、あるいは自分の所属する空港へ帰るための「Crewの移動」を指します。ほとんどの場合、客席に乗客として一緒に乗ります。制服を着用していなければ、皆さんは決して我々の存在に気づくことはないでしょう。
そんなDead Headで目的地に着陸したある日、CAによるいつものアナウンスが機内に流れ始めました。我々にとっては聞き飽きている放送、特に耳を傾けていませんでした。しかし突然、僕のアンテナが「ん?」と自動的に作動し始めました。日本語でのアナウンスの後に流れる、外国人に向けた英語の案内。この英語の発音とリズムが、日本人のものとは違うのです。とてもナチュラルな、よどみない流れを持っている。
ネイティブのような発音とリズムの両方を兼ね備えた英語です。ほー、こんな英語を話すCAがいるのかと感心しました。外資系の航空会社では珍しくないですが、日系でここまでとは稀有。いったいどんな人なんだろうと、とても興味が湧いてきました。
ところでこのアクセント、どこの国のものだろう。わからないのです。日本人のアクセントがないものの、北米寄りかなといった程度。日本のインターナショナルスクールに通っていたのかな?これも大きなMythなのですが、インターに通っていたらアメリカやイギリスのような英語を話すというもの。実際には、現地校で身につける英語と、インターで使われる英語は違います。それにしてもどこの国のインターかな。日本とは限りません。こんなの初めてです。
たまたま機内アナウンスを担当した本人がいるすぐ近くに座っていた僕は、乗客が続々と飛行機から降りている間に直接尋ねてみることにしました。どう聞けば角が立たないか考えた末、『北米に住まれていたことがありますか?』と話しかけてみました。すると、海外に住んだこともなければ、インターにも通った経験もないというのです。これには度肝を抜かれました。『そんな奴がいるのか!』といった感じです。
その他にもよくあるMythとして、CAは全員英語が堪能というもの。必ずしも全員が高度な会話力を持っているわけではありません。多くの場合、英語で書かれた文を正確に読み上げることが求められており、それ自体が大切な役割です。国際線を含め、外国人がよく乗る路線を担当することが多いのであれば、外国人への対応には慣れていくでしょう。しかし、外資系航空会社に勤め、現地に居住するような環境でない限り、日常的に英会話力を磨き続けるのは難しいと思います。能力の有無ではなく、環境の違いによるものです。
いったいどうやってこの英語力を身につけたのか。なんと"ELSA speak"という発音矯正アプリで2~3年ほど練習を重ねてきた程度だというのです。アプリ・・・なんという時代なんだ。と思うと同時に、なるほど、これが彼女のアクセントを見抜けなかった理由なのかとも思いました。
英語を勉強している人の間ではよく知られているAIを活用したアプリで、使ったことがない僕でも名前は耳にしたことがありました。果たしてどんなものか。この際自分で試してみることにしました。最初の設定では、英語レベルやコース料金を選ぶことで内容が変わるようです。米語・英語の選択も可能でした。単語から長短のフレーズまで、マイクに向かって話すと自分の発音を瞬時に点数化してくれます。評価はなかなか辛口です。AI相手なら時間も場所も気にせず、とことんプライベートレッスンを積み重ねられる。そう考えると人気の理由も納得です。
ただ、わからないのは彼女がどこでここまでの抑揚(リズム)を身につけたのかということです。幼少期から中学1年生まで英会話教室に通っていたそうなのですが、それだけならよくある話。英語の映画やドラマを一日中観ていることもあるというのですが、注目すべきはその内容です。海外俳優が出演するバラエティーやインタビュー映像が含まれています。まさに生きた英語を学ぶには最適で、会話のテンポから自然に英語のリズムを体得できた理由もここにあるのだと思います。これこそが、僕が以前ここ↓に書いた考えです。
また当然だとは思ったのですが、こうした映像を観たり人と英語で会話する際には、英語を日本語に訳すことなく、そのまま理解しているそうです。バラエティーやインタビューものは話の展開にスピードがあるので、いちいち頭の中で訳すという手間はかけられないはずです。だからこそ自然に会話のスピードに慣れていくのでしょう。この点も頷けました。最初はついていけなくても、数をこなしている間に「速い」と思うペースも「普通」のペースに変わっていくはずです。
僕自身にもひとつMythがありました。彼女のようなレベルに達するには、海外経験なしでは不可能だと思い込んでいたことです。アプリでここまでこれるのか。感心するばかりです。そういう時代なんですね。何よりも「好きこそ物の上手なれ」の言葉の通りです。2、3才の頃からディズニー映画を英語で観ていたそうですが、おそらく勉強としてではなく、純粋に楽しみながら英語に親しんできたのでしょう。幼い頃からリアルな英語に耳が慣れていたというのも、大変大きな要素であるのは間違いなさそうです。
(これに関しても以前↓の記事で「聞き流し」の考えについて書いていました)
話を聞いていると、英語が好きだという気持ちがひしひしと伝わってきました。
ただ、そんな彼女でも英語で文章を組み立てて話すことは得意ではないそうです。英会話には自信がないようなのです。本当でしょうか。それともこれもまたひとつのMythなのかもしれません。
Which myth do you still believe.
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